世界史サロン

元教師・今社長がおくる世界史講義と、ニュースを世界史で読み解くブログ

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今回は、ポエニ戦争について話します
以下の色付けしている部分が、受験で聞かれる部分ですので、注意してくださいね


ポエニ戦争の年号の覚え方は、吊るし(264)て、言い寄る(146)ポエニ戦争です


ポエニは、ラテン語でフェニキア人をさします
フェニキア人は、すでに勉強しましたね?

大学受験する際は、言葉を聞いて、それに関連する事項がすぐに思い浮かべられないといけません

例えば、フェニキア人なら、以下のことが聞かれます


1.セム系
2.シドン・ティルス・カルタゴの都を持つ
3.地中海貿易で発展
4.アルファベットの使用


これらが、すぐに頭に浮かべば、受験で戦えます
私はよく生徒に言っていましたが、これをスイッチ勉強法といいます

教室でスイッチを押すと、すぐにパッパッと電気がつくように、
1つの言葉から多くの情報を引き出せるようにしましょう


話を戻します。ポエニ戦争は、ローマとフェニキア人の戦争です
ポエニ戦争は大きく分けて、3回ありました


第一次ポエニ戦争…ローマが、シチリア島を獲得。初めての海外領土(属州)


第二次ポエニ戦争…カルタゴのハンニバルが、カンネーの戦い(前216)でローマを撃破、
逆に大スキピオザマの戦い(前202)でカルタゴを撃破


第三次ポエニ戦争…小スキピオが、カルタゴを滅ぼす


ハンニバルは戦争の天才で、カンネーの戦いでは、5万で8万のローマ軍を包囲し、
粉砕しています。しかし、ローマが最終的に勝ったのは、組織力のおかげです

ローマは、カンネーの戦い以後、持久戦を選択します

ハンニバル軍は、ローマ付近で戦争を繰り返していました

カルタゴから離れていますよね。これが、けっこうなダメージになります

私たちは、印象的で鮮やかな人物が好きですよね?
おそらくこの時代にいたら、劇的に勝利するハンニバルのファンになるでしょう


負けない戦いをずっと続けるローマは、地味です
それでも最後に残ったのはローマです。この事実には、凄い意味があると思います

ローマは、海外領土(属州)によって恩恵を受けた反面、従来のシステムが機能不全を起こすようになりました
領土獲得によって、奴隷をローマは手に入れます
奴隷を軸とするラティフンディアという土地経営が始まります


そこで生産される作物は、奴隷の人件費がいらないため、安く作れます
イタリアの中小農民は、価格競争に破れ、没落します。今でいう失業です

彼らは都市に流入し、「パンと見せ物」を要求するようになりました


もちろん、この時代にうまく適応できた人もいました
平民から成り上がった者や、時代のうねりにたえた貴族たちは、ノビレス(新貴族)といわれます

また属州の徴税などで蓄財した騎士(エクイテス)も現れました

つまり、勝者と敗者が明確にされた格差社会の到来です

この状態の社会は、大変不安定です

護民官のグラックス兄弟が改革に乗り出します
グラックス兄弟の改革は、前133~前121年です


彼らは、当時無視されていたリキニウス=セクスティウス法の復活をはかります
大土地所有の制限ですね。格差社会をなくすには、これしかありません。


しかし、お金持ち集団といわれる閥族派が、これを妨害します
結果、グラックス兄弟は処刑されてしまいました


これは、ラティフンディアという利権に手を入れたグラックス兄弟の悲劇です
今の日本でも天下りという利権があり、これに手をつけると、強烈な抵抗にあいますね
それに似ています


グラックス兄弟の改革失敗からの約100年は、内乱の一世紀といわれています

この時代は、閥族派平民派に分かれて、抗争が続けられました

閥族派ではスラ、平民派ではマリウスが有名です

スラは、同盟市戦争(前91~前88)で武功をあげ、マリウスは軍隊を私兵化しました
当時の兵士のなりてだった中小市民はすでに没落しています
そのため、金持ちが兵を養う時代に変わったのです


同盟市戦争の次に起きた大きな反乱は、スパルタクスの反乱(前73~前71)


スパルタクスの波(73)と覚えましょう


彼は、闘技場で見せ物として戦う剣闘士でした
ワンピース、ドレスローザ編のルフィのような恰好で戦う人です

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スパルタクスは、屈強な剣士であったため、脱走後はしばしばローマ軍に勝ちました

これを鎮圧したのが、閥族派ポンペイウス騎士階級クラッススでした
これに平民派カエサルを加えて、元老院を牽制し、ローマを支配した政治を三頭政治(前60)といいます

次回は、三頭政治から続けましょう

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-米報道官、防空識別圏「運用しないように」-

中国が設定した防空識別圏について、アメリカ・ホワイトハウスの報道官は、中国に対し、具体的な行動を起こさないよう改めて求めました。

 「アメリカは中国に対し、防空識別圏の運用を実行にうつさないよう求める」(アメリカ カーニー大統領報道官)

 ホワイトハウスのカーニー報道官は、中国政府が、尖閣諸島上空を含む緊張の高い地域で日本や韓国など周辺諸国との協議なしに防空識別圏を設定したことは、地域の緊張をさらに高め、偶発的な衝突が起きかねない挑発的な行動だとした上で、具体的な行動をとらないよう中国に要求しました。

 さらに、アメリカの航空会社が飛行計画を中国当局に提出しているのは、あくまで航空業界の慣行に基づく会社側の判断であり、アメリカの航空当局が提出を求めたものではなく、中国の設定した防空識別圏を認めないという方針について日米両政府は一致していると強調しました。

 一方、3日、安倍総理大臣と会談し、防空識別圏の問題で日米が緊密に連携していくことを確認したアメリカのバイデン副大統領は、4日午後、訪問先の北京で中国の習近平国家主席と会談し、直接懸念を伝える考えです。

-引用元-
http://headlines.yahoo.co.jp/videonews/jnn?a=20131204-00000024-jnn-int

■説明
2013年11月23日、中国政府は東シナ海に「防空識別圏」を設定しましたね
これを、世界史の知識で解釈したいと思います
※以下、色付けされたものが、世界史の受験でも聞かれます


これは、尖閣諸島という領土問題が絡んでいます


ここの領有権を主張するのは、日本・中国台湾です


中国と台湾は、第二次世界大戦後、
毛沢東率いる共産党蒋介石率いる国民党で戦いがあり、
毛沢東が勝ちました


その結果、蒋介石が逃げて作ったのが台湾です

中国は台湾を中国の一部と考えています

しかし、台湾は中国融和派と独立派で意見が分かれています

なので、中国と台湾は立場がだいぶ違います


今回、中国政府は尖閣諸島上空を含めて、自分たちの監視区域だよと宣言しました
日本はすでに1969年に防空識別圏を設定しています


お互い重なり合う地域を指定しているので、例えば飛行機同士の紛争が起きても不思議ではありません

それでは、何故中国は、このようなことをするのでしょうか?

中国は、帝国主義的思考で世の中を見ています


帝国主義は、軍事的力を借りて、他国の犠牲のもとに自国の利益をあげることです
第二次世界大戦は、帝国主義国家同士の戦争だったため、戦後デメリットの多すぎるこの方式は、放棄されました


しかし、中国政府は捨てていません


日本人の感覚で、外国を考えると理解ができません
そのため、中国を理解する時、帝国主義という概念を覚えておいてください


中国の頭に絶えずあるのが、アメリカです
中国は、世界をアメリカと山分けしたいと考えています


彼らの最終的な太平洋への影響範囲は、グァムorハワイぐらいまでを考えています
中国の立場にたつと、日本は太平洋に進出するための障害物でしかありません


最初の障害物が、尖閣諸島であり、次の獲物が沖縄になります
そのような文脈で、今回の防空識別圏を考えると、事情が把握できると思います

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アレクサンドロス大王による広大な領土統治は、
彼が早くに亡くなったことで、すぐに国家が分裂してしまいました


ローマは、長い年月をかけて政治を発展させて、たとえ広大な領土でも長期統治に成功しました

しかしながら、皆さんも聞いたことがあると思いますが、「ローマは、1日にしてならず」です

今回のテーマは、共和政ローマについてです


共和政は、どういう意味かというと複数の人間による統治をさします
なので、王様や元首がいる場合、それは共和政とはいいません

個人による統治か、複数による統治かで区別してください


当初イタリアは、エトルリア人が統治していました

そこにローマ人があらわれます

彼らは滅亡したトロヤから逃げてきて、ローマを建都したとされています

伝説では狼に育てられたロムルスの名をとって、ローマとなりました
この都は、ティベル河畔に作られました


前509年に、エトルリア人の支配から独立し、共和政ローマが始まりました

ローマの最高機関は、元老院といいます

建都当初は、パトリキ(貴族)によって支配されていました

元老院の中から最高責任者は、2名選出されます
それをコンスル(執政官)といいます


戦争などの非常時には、1名のディクタトル(独裁官)を起きました
現在でも独裁者は、英語でディクテーターといい、この言葉が語源となります


ローマの最初の200年は、貴族の政治独占状態を平民が崩していく歴史です
平民は、プレブスといいます


まずは前494年、聖山事件が起きます
これはプレブスが、山に立て籠もって権利獲得を主張する事件でした

結果、護民官という平民を代表する官職が設置されました

護民官には、元老院やコンスルの決定事項に対して、拒否権を持っていました

後には、護民官を選出する組織として、平民会ができました


前450年頃には、十二表法が制定され、法律によって貴族の独走を防ぐようにしました


前367年には、リキニウス-セクスティウス法が制定されます
ポイントは、2つです


1.コンスルの内1名は、必ず平民出身にする
2.公有地の大土地所有の制限


覚え方は、見るな(367)リキニウス-セクスティウス法でお願いします


前287年ホルテンシウス法が制定され、平民会も元老院と同じように法律を作れるようになりました


通やな~(287)ホルテンシウス法で覚えてください


この法律をもって、貴族と平民の平等が確立されました

この頃になると、ギリシア植民市であったマグナ=グレキア(南イタリア)を支配におさめました

ローマのイタリア半島の統治方法は、分割統治といいます

これは、支配した都市の扱いに差をつける方法です


植民市…ローマと同等の権利

自治市…ほぼローマと同じだが、参政権なし

同盟市…市民権ないが、従軍義務あり


これによって、都市同士を反目させ、同盟を組んでローマに攻撃するのを防ぎました
そうしてイタリア半島を統一したローマは、次に注目した土地がシチリアでした

シチリアは当時、穀倉地帯として有名で、ローマ以外にも狙っていた国がありました

それがカルタゴです


この2国間で行われた戦争がポエニ戦争(前264~前146)です
次回は、ポエニ戦争から始めましょう

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