内乱の一世紀を通じて、ローマが学んだことがあります
それは共和政ローマのシステムでは、もう動けないということです


共和政は、複数の人で統治するシステムでしたね

領土が増えるにつれ、迅速な対応が必要となり、ゆっくり政治を決めることはできませんでした

そのことに気づいていたのが、カエサルです

彼は、ガリア遠征で武勲をあげていました

ちなみにガリアは、今のフランスです


前回、三頭政治の話をしましたが、パルティアとの戦闘でクラッススが亡くなったことで、
この微妙な均衡が崩れます


カエサル vs ポンペイウス


まさに一騎打ちです。ポンペイウスの後ろ盾は、旧勢力の元老院です

これをカエサルは討ち、終身独裁官たるインペラトルの称号を手に入れます

この言葉は、エンペラー(皇帝)の語源になります


歴史の常なのですが、劇的な改革を行う者は、必ず殺されます
カエサルも友人であったブルートゥスに改革半ばで、殺されてしまいました


カエサルは、数百年続いたローマの伝統を破壊しようとした男です
恨まれるのは必然でしたし、彼のように先を見ることのできる人は、あまりいませんでした

日本でいえば、織田信長とかもそうですね
最近でいえば、歴史上の人物と比較すると小ぶりですが、堀江貴文(ホリエモン)も同じ流れで失脚していますね


カエサル死後、3人の有力者があらわれます
アントニウスレピドゥス、そしてカエサルの養子だったオクタヴィアヌスです


これを第2回三頭政治(前43)といいます

第一回とあわせて、人物を覚えましょう

典型的な正誤問題として、「第二回三頭政治で活躍したカエサルは…」のような形で聞かれます

覚え方は、ポンくらカエサル、あんこ送れです


ポン…ポンペイウス
くら…クラッスス
カエサル…もちろんカエサル

あん…アントニウス
おく…オクタヴィアヌス
れ…レピドゥス


年号の覚え方は、以下のようにしてください

群れ(60)る三頭政治、帝政示唆(43)


最終的に勝ち残ったのは、オクタヴィアヌスです

彼が、アクティウムの海戦(前31)でアントニウス・クレオパトラ連合軍を破ります


唐突ですが、皆さんもクレオパトラの名前ぐらいは知っていますよね?
彼女は、この時代の人です。アントニウスの彼女でした。さらにカエサルの元カノです

おそらくですが、当時弱小のエジプトを生き残らせるために、
意図的にローマの有力者と付き合っていたと思います


彼氏であるアントニウスが亡くなると同時に、
彼女の国だったプトレマイオス朝エジプトも滅んでいますから、間違いありません


その後、オクタヴィアヌスは、元老院からアウグストゥス(尊厳者)の称号を受けます
この言葉、8月を意味するAugustの語源です


彼は、一市民として国民のために頑張る意志をしめします
しかし、実際は独裁体制をしいています


この政治をプリンキパトゥス(元首政)といいます

前27年から帝政ローマがスタートします


オクタヴィアヌスは、カエサルの失敗をよく学んでいたと思います
表面上、もっとも強い抵抗勢力であった元老院をうまく抱き込んで、
いうことを聞くような素振りをしながら、時間をかけた独裁体制を完成させました


彼のやり方は、「出る杭は打たれる」から学び、「杭がどこにあるのか気づかせない」
ということだと思います


ここからのローマは安定期です


キリスト教を迫害(64年)したネロ帝なども例外的にいましたが、
五賢帝時代(96~180)という連続して優秀な皇帝を輩出した時代が来ます


苦労(96)言い張れ(180)、五賢帝で覚えましょう


■五賢帝
ネルヴァ
トラヤヌス
ハドリアヌス
アントニヌス=ピウス
マルクス=アウレリウス=アントニヌス


この5人は、全部覚えます
一番聞かれるのは、トラヤヌスです
彼の時代に、ローマ帝国が最大領土になります
ダキア(ルーマニア)に遠征もしています

-参考 wikipedia-

2013-12-5_12-10-58


次に聞かれるのが、マルクス=アウレリウス=アントニヌスです
禁欲を重んじるストア派を学んでいます。そのため、哲人皇帝といわれます


アウグストゥスから五賢帝時代の終わりまでの安定期は、
ローマの平和(パックス=ロマーナ)といわれます


これ以後のローマは、守りの時代です
領土も広がらないので、頑張ると収入がガンガンあがる時代が終わり、
今あるものの中で、どう生活するかを考えるようになりました


となると、大部分を形成する属州のことが気になりますね
絶えず反乱される恐れがあるわけです


そこに手をつけたのが、カラカラ帝(位211~217)です
彼は、属州とイタリアの差別待遇を改めて、属州にも同等のローマ市民権を与えました
大浴場建設なんかも有名です


彼のしたことは、今のアメリカやフランスに似ていますね
同じ領域内に住む人間を、人種・民族問わず、等しくローマ市民と考えたわけです


日本も近い将来、同様の決断が迫られる時が来ると思います
移民の受け入れですね。好むと好まざるとに関わらず、移民の決断は迫られます


それはなぜか?


人口が減少するからです。


これは、日本経済に致命的なダメージを与えます
おそらく解決できる手段は2つしかありません。どちらかの選択が迫られます


1.出生率をあげる、つまり日本人が子供をもっと産むということです
2.移民を受けいれる


このような文脈から、カラカラ帝の苦悩を学んでもいいかもしれませんね

彼の苦悩は、近い将来のわれわれの苦悩です

次回は、帝政ローマの後半部分を解説します

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