前回は、ローマ・カトリックについて話しましたが、今回はビザンツ帝国(395~1453)です。東ローマ帝国ともいいます。テオドシウス帝が分けた、東半分側の国です


都は、コンスタンティノープルです。五本山があるところでしたよね!?
ローマ・カトリック教会と、ヨーロッパのキリスト教世界のトップを争っていたギリシア正教会は、コンスタンティノープルにあります


つまりビザンツ帝国は、ギリシア正教会をサポートしています

コンスタンティノープルは、都の名前が変わる都です。最初はビザンティウムと呼ばれ、ギリシアの植民市でした

ローマ帝国時代にコンスタンティヌス帝によって、改称されてます。さらにビザンツ帝国滅亡後は、イスタンブルになります


したがって現在の地名はイスタンブルで、トルコ領になります


一番有名な王は、ユスティニアヌス(位527~565)です
彼のいる時は、ゲルマンがヨーロッパ世界に、ドンドン来てます。西ローマは、その影響であっけなく滅んでいますね(476)


ユスティニアヌスは、逆にゲルマン国家のヴァンダル王国(534)、東ゴート王国(555)を滅ぼしています

これで、地中海沿岸の地域は、ほぼ彼が制圧できました


またハギア=ソフィア聖堂コンスタンティノープルで建立し、中国から伝わった養蚕業を振興していました。こういった繋がりが、シルクロードという言葉を生んでいますね
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だいたい優秀な王は法律を整備しますが、彼もトリボニアヌスに頼んで「ローマ法大全」を作りました


ヘラクレイオス1世(位610~642)は、軍管区制(テマ制)を始めました
これは国をエリア分けして、軍事行政権を与えるシステムです。今の日本を眺めばわかりますが、普通軍事権は与えません

しかし、それをせざるを得なかったのは、それだけ外敵の脅威にさらされ、即断即決が求められていたのだと思います


レオン3世は、ローマ教皇と聖像崇拝で揉めます。レオン3世は、否定派です
日本人は宗教音痴なので、なんでココで揉めるか分からないでしょう


彼らの意見では、神は人間の理解を越えた存在です。不完全な人間が神を想像して作っても、そこに完全な神の姿はなく、嘘があるから止めろということです


レオン3世は、726年聖像禁止令をだします
結果ローマ・カトリックとギリシア正教の違いに聖像崇拝があります


あと1つ言って置きたいですが、ビザンツ帝国の皇帝が宗教に口出ししているのは、皇帝教皇主義を採用しているからです

カトリックは、教皇権を持っているだけで、皇帝ではありません。ここにも違いがありますね


語呂です
何!?ム(726)カつくレオン3世


ただ私的には理解できませんが、ギリシア正教はイコン(聖画)の使用を認めます
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イコンというのはキリストの絵画ですね。だいたいマリアと子供のイエスが描かれてたりします


なんかフィギュアはダメだけど、ポスターはいいみたいに聞こえて不思議です
彼らの理屈は、「絵画を崇拝しているのでなく、絵画を見て神に思いを馳せているから、問題ない」というものです


どう考えても、だったら聖像崇拝も同じ理屈でよいだろうと思ってしまいますw


ちなみに一番厳しく偶像崇拝を捉えているのは、イスラム教です
あくまでアッラーの崇拝を求めているので、ムハンマドの神格化禁じています。そのため、ムハンマドの顔を描くことなどは禁じられています


ここ注目しておくと、ヨーロッパのニュースでムハンマドの風刺画を書いて、イスラムから文句をいわれるとか、散発的にでてきます


聖像禁止令のおかげで、東西教会の分裂は決定的になります。1054年には、お互いに破門しあって、袂を分かちます。これを教会の東西分裂といいます

ちょうどこの11世紀には、アレクシオス1世プロノイア制を始めます

戦国時代の日本に似てますが、土地を与えて、その代りに軍役をしてもらシステムです
こういうのは、封建制ともいいますね


封建制というのは、与えた土地に対して皇帝が文句が言えません。つまり皇帝権が弱まっています
つまり、このあたりから下り坂ですね


まず第4回十字軍(1202~04)で、仲の悪いカトリックから攻撃を受けて、一時ラテン帝国を築かれています。ここは、なんとか取り返しますが、次にはイスラム勢力のオスマン帝国がやってきます


そのため1453年に滅びました。とはいえ、1000年続いたわけですから、凄い国だなと思います

語呂です
いーよ降参(1453)ビザンツ帝国


このビザンツ帝国でうまれた建築様式も話しましょう。それをビザンツ式といいます

一番有名なのは、ハギア=ソフィア聖堂です

他に有名な寺院は、ラヴェンナサン=ヴィターレ聖堂ヴェネツィアサン=マルコ聖堂があります


東西教会の分裂は、ヨーロッパ文化を東西に分けたと思います
したがって今のヨーロッパは、東西で文化の色が違います


東ヨーロッパを形成する国を話しましょう

まずはアジア系マジャール人は、ハンガリー王国を建ててます
ヨーロッパにアジア系はいないと皆さん考えるので、ここは聞かれます


ブルガリアの起源であるブルガール人アジア系ですが、スラヴ人との同化が進みます
そのためマジャール人のほうが、9:1ぐらいの比率で出題頻度が高いです


あとはスラヴ人の国ですね。スラヴ人は、西・東・南に分かれます。北はないです

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西スラヴ
ポーランド人は、ここに入ります。ポーランド史上唯一の大王、カジミェシュ3世を覚えましょう
史上唯一とかは、ホントに聞かれるパターンです。注目してくださいね


彼はクラクフ大学を設立しています。この大学は、中世大学史で聞かれます
ポーランドの最盛期はヤゲウォ朝(1386~1572)です


あとはチェック人を覚えてくいださい。プラハにベーメン王国を作ってます
後のチェコになります


南スラヴ
セルビア人・クロアティア人・スロヴェニア人が所属します

彼らは20世紀にユーゴスラヴィアという同じ国にいましたが、民族問題がこじれて各自独立します

このあたりの苦しみは、サッカーの日本代表監督だったオシムさんがよく知っています

自分たちの代表に、日本・中国・韓国で同じチームを作ったら、どんな悲劇があるか想像できると思いますw


中世のセルビア人は、オスマン帝国の支配下に置かれています。
クロアティア人やスロヴェニア人はフランク王国の支配下に置かれます

クロアティア人とスロヴェニア人は、フランク王国の影響で東ヨーロッパでは珍しくカトリックです


東スラヴ
ロシア人
だけ覚えておけばいいです。キエフ公国の話はもうしましたね
ウラディミル1世(位980頃~1015)は、ビザンツ帝国に妹が嫁いだ影響で、ギリシア正教会の影響を受けます

王国はモンゴルによって滅ぼされましたが、ギリシア正教会はロシアの伝統になります

「タタールのくびき」といわれるモンゴルの厳しい支配から独立した国は、モスクワ大公国です

イヴァン3世(位1462~1505)が、1480年に独立に成功します

この頃、ビザンツ帝国が影も形もないため、ギリシア正教会もイスラムに潰されます
後継者になったのが、ロシアです。モスクワにロシア正教会を設立します


イヴァン3世は、ビザンツ帝国の後継国であるという自負があるため、ツァーリ(皇帝)を名乗ります

正式にツァーリの称号を使ったのは、イヴァン4世です。彼の統治は、厳しさをともなったため、彼は雷帝といわれています


次回は、イスラム勢力への反撃作戦、十字軍を説明します

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