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問1
微妙に難しい問題です。一番簡単な問題は、聞いてくる王様の国が違ったりします。しかし、カルロス1世とフェリペ2世は、スペインの王様です。そもそもカルロス1世は、フェリペ2世のお父さんです

違う所でヒントを見つける必要があります。カトー=カンブレジ条約もやや難易度の高い情報です。覚えておいて損はないでしょう

重要な所は、明記がないですが、1571年レパントの海戦1580年ポルトガルの併合1588年アルマダの海戦でしょうね

このあたりは、スタンダード情報です。これをやったのが、フェリペ2世です

フェリペ2世は、イギリス支配にも興味があり、エリザベス1世と政略結婚を考えましたが、エリザベスは支配の目的に結婚をすることを理解しています。彼女は不要な他国の内政干渉を避けるため、結婚を遠ざけます

処女王ともエリザベス1世は、いわれます

フェリペ2世は、イギリスに喧嘩を売るわけです。そして負けてしまいます。ヨーロッパ版神風が起きたり、エリザベスの部下、海賊ドレークの活躍などいろいろありましたが、スペインは負けました

個人的な一番の原因は、スペインの慢心だと思います。当時のトップですからね。自分は負けないという自負があったと思います

正解は、ですね



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問2
1936~1939年のスペイン内戦は、軍部のフランコ人民戦線の戦いです。フランコをファシズムのドイツは支援しますが、イギリス・フランスは不干渉政策をとります

対して人民戦線側には各地からヘミングウェーなどが義勇軍として集まりました

この不干渉政策は、なかなか見極めが難しいものです。当時ドイツはヒトラーのもと、勢力を拡大させていましたが、イギリス・フランスは文句をいいませんでした

ドイツに文句をいって、戦争に巻き込まれたくなかったからです。結果、ドイツが軍備を整えていったわけですね

現在のアメリカも尖閣に巻き込まれたくありません。中国と日本が戦争になったら、自動的にアメリカを参戦します。アメリカに利益なんかありません

そのため腫れ物にさわるようにそっとするのが現在のアメリカの政策です

短期的利益の確保が、長期的利益の確保になるのかは難しい判断が求められます
少なくともアメリカは対応に苦慮していると思います

正解は、です

問3
これは簡単な問題だと思います。各指導者の政策を知らなくても、国名を知っていれば、解答できます

①のカストロは、キューバの人です。善隣外交は、フランクリン=ローズヴェルトの政策です

は、正解です

ブラントと東方外交は、セットで覚えてください。東西分裂時代に、東ドイツとの交流に尽力した人です

③のアイゼンハウアーは、アメリカの大統領です。第二次世界大戦時には、軍人としてノルマンディー上陸作戦を指揮しています

④マッキンリーがアメリカ大統領は、合ってます。しかし、棍棒外交セオドア=ローズヴェルトの政策です


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問4
これは、19世紀末~20世紀初頭の流れを知っていれば、できます
まずヒントに再保障条約があります。これは、地理的にフランス・ロシアに挟み撃ちされたくないドイツが、ロシアと仲良くなったものです

これを破棄ということは、できるのはドイツしかいません。ア-ドイツですね

次のヒントが世界政策です。これはドイツの3B政策とイギリスの3C政策のことをいっています
ドイツ・イギリスの主要都市について語ったものですね

これぐらいは、基礎レベルなので知っていないと戦えないです

1914年の第一次世界大戦直前までは、ドイツ・イタリア・オーストリアは同盟国でしたから、イでイタリアを選ぶことはできません

正解は、です

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問5
これは点取り問題だと思います。まず①のライン同盟と②の対仏大同盟は、ナポレオンあたりでしか聞かれない言葉です

19世紀初頭の話ですね

が正解です。この言葉で、ヒトラーの再軍備宣言(1935)がすぐ頭に浮かびました。ドイツがいろいろ制限されて苦しなったから、藁をも掴む形でヒトラーが出現しました

④は、三十年戦争を終わらせたウェストファリア条約(1648)のことだと思います

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問6
まずニュルンベルクと東京裁判は、セットです
第二次世界大戦終了後の裁判ですね。終戦は、1945年ですから、cか、dです

常識的に考えて、1949年の4年後に裁判を始めるのは遅すぎます

正解は、です


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問7
まず現代史の一番の大枠は、アメリカ対ソ連の冷戦です。ここが対立軸としてあります。そして中国は、ソ連側です

そのソ連と中国は、国境紛争が発生するのが1960年代です。ソ連と喧嘩になったら、逆側に寄り添うことで外交を優位にするのは常道です

現在、韓国が中国に接近するのは、アメリカに譲歩を引き出す戦略です

この状況変化の中で起きたのが、ニクソン訪中(1972)です。ここで孤立しないために、田中角栄が動きます。同年に日本も訪中し、1978年福田赳夫が日中平和友好条約を結びます

流れを知っていれば、年号を知らなくても解答できます。ただこの年号は、覚えておいたほうがいいです



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問8
朴正煕は、今の朴槿惠大統領のお父さんですね。彼が聞かれる有名なことが、日韓基本条約(1965)です。彼が出題されるとしたら、このパターンが多いです。なので、この年号暗記は必須です

私は生徒に、1991年3つのデカイ事件があったと教えています

それが、湾岸戦争・ユーゴスラヴィア内戦・ソ連解体です

③については、年号を知らなかったですただ、朴正煕が違うのはすぐ理解できました

正解は、です

問9
これは即答です。です

なぜかというと、植民地の大半はイギリス・フランスが所有しているわけです。そこであまり聞かれない国が、よく出題されます。当てずっぽうで、イギリス・フランスを選ぶ人を避けたいんじゃないでしょうか

マカオに行きましたが、今もポルトガルというか、ヨーロッパ型の建築が残っています。香港から船で1時間ぐらいで行けるので、面白いですよ

あと植民地で聞かれるマニアックパターンは、アフリカのコンゴベルギー領インドネシアオランダ領です

以上です
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