それではヴァルダナ朝、以後の話に入ります

まず8~13世紀は、ラージプート時代といい、ラージプート族が活躍していましたが、今までのような統一王朝は存在しません

ガズニ朝(962~1186)やゴール朝(1148頃~1245)が、インドにやってきて一部を支配します

その次がデリー=スルタン朝(1206~1526)でしたね


奴隷王朝⇒ハルジー⇒トゥグルク⇒サイイド⇒ロディー
以上の5つ王朝が続いていましたね

■講義 part31 -イスラーム世界の乱立-
http://world-history.blog.jp/archives/1934745.html

本格的にインド全域を支配したのはムガル帝国(1526~1858)です

語呂です
ムガル小鶴(1526)は、嫌、怖(1858)

創始者は、ティムールとチンギス=ハンの血が流れるバーブルです。超名門の血ですね。彼は最後のデリー=スルタン朝であるロディー朝をパーニパットの戦い(1526)で倒し、建国します

3代目アクバル(位1556~1605)は、都をアグラにします

インドに旅行いく人はニューデリーがスタートで、アグラが200kmぐらいしか離れていないので、必ずいきます

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ムガルはインドの新参者ですから、古参のラージプート族との対応が重要になります。ムガル帝国はスンニ派イスラム教ですから、非ムスリムであるラージプート族にはジズヤ(人頭税)を課しています

これをアクバルは、廃止します。宥和策ですね

5代目シャー=ジャハーンは、都をデリーに遷都します。彼は、インド=イスラム文化の最盛期の王様ですね。なぜ最盛期かというと、彼がタージ=マハルを作ったからです。奥さんムムタージ=マハルのお墓です。この廟を目指してアグラまで旅行者は行くわけですね。私自身、生まれて初めてココで日射病気味になりました気温計は、45℃でしたが、大理石の照り返しで、絶対50℃いってました

この建物にある4つの柱、勝手に解説を始めて、俺から金をもっていた人の話によれば、地震がきても、内側に倒れないように、外に倒れるように設計されているそうです

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6代目アウラングゼーブ(位1658~1707)は、アクバルと対照的にシーア派や非ムスリムを弾圧します。1679年にはジズヤを復活させます。弾圧策ですね。彼の宗教愛は理解できますが、これちょっとインドでは難しいです

彼は最大領土を実現しましたが、とにかくが多すぎます

ラージプート族、マラーター族、シク教徒が抵抗しました。シク教徒は、ナーナクが16世紀初頭に始めました。ヒンドゥー教とイスラム教の融合した宗教です

これらの抵抗によって、ムガル帝国は弱体化していきます

次回は、ティムール・サファヴィー・オスマン朝を説明します

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