ここからヨーロッパが、NO1になる時代の話です。近世ヨーロッパの始まりですね

商人の中で、インドに対する思いが高まります。これは香辛料のためです。特に胡椒です。ヨーロッパ人は、香辛料をレヴァント貿易(東方貿易)によって、ムスリム商人から買っていました

ムスリム商人経由で購入するわけですから、高値になってしまいます。貿易品は高いです。これを安く買うためには、インドに直接行くしかありません

イスラム勢力をかわす新航路が求められるわけですね

私自身、2013年はフィリピンにいましたが、カップラーメン食べたくてスーパーに行くと、日本のカップラーメンは300円ぐらいでした安い辛ラーメンに変えた記憶があります

また新航路を求める機運は、他の麺からも説明できます。当時の噂で、伝説のキリスト教国家が、ヨーロッパ人の知らないところにあると言われていました。これをプレスター=ジョン伝説といいます

これは、おそらくエチオピアのことだったと思います。エチオピアは伝統的にキリスト教国家でしたが、イスラム勢力に阻まれて、うまく情報が入らなかったところがあると思います

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さらにマルコ=ポーロ「世界の記述」によって、アジアに対する思いは高まる一方でした

科学的進歩もあります。ヨーロッパは、海の先はになっていて、地獄行きという恐怖が中世ではありましたが、トスカネリ地球球体説を唱えて、浸透させていきます。ただし中世でも知識人階級は、地球球体説を大半の人が知ってました

まずはポルトガルのエンリケ航海王子が、新航路への援助を行います。彼の援助した船団が、1445年にヴェルデ岬を発見します

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ポルトガル王ジョアン2世(位1481~95)は、バルトロメウ=ディアスを支援します。彼は1488年に喜望峰を発見しています

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ポルトガル王マヌエル1(位1495~1521)は、ヴァスコ=ダ=ガマを支援します。彼は喜望峰を経由し、アフリカ東岸のマリンディからは、案内人イブン=マージドの貢献もあり、1498年にインドのカルカットに到着しました

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ポルトガルは、新航路を手に入れたわけですね。1505年にはセイロン島に行ってます

1509年にインド西海岸でイスラムのマムルーク朝と小競り合いがありましたが、これにも勝ちます。これをディウ沖海戦といいます

1510年には、インドのゴアをポルトガルの勢力圏にしています

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ここから、よく聞かれるのは、どこの町が、そこの支配下にあるかということです。例えば「ゴアは、スペイン領です」という説明があれば、誤りですね。このように正誤問題をイメージしながら、覚えていってください

1511年には、マレーシアのマラッカ王国を滅ぼしています。この話、東南アジア史でふれています

■講義 part29 -東南アジア2-
http://world-history.blog.jp/archives/2657949.html

1512年には、モルッカ諸島に到着します。ここの屈指の香辛料の産地です
1517年には、マカオに到着し、これを領土にします
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ここから日本史です。1543年には種子島にポルトガル人がやってきます。

以後予算(1543)増える、鉄砲伝来とか、日本史受験生は覚えます

このあたりの年号をすべて覚えなくてもよいですが、例えば並べ替え問題があった時、ポルトガルの行った場所をイメージすれば、問題は解けます

以下の事例を年代順に並べよ

a-ディウ沖海戦
b-マカオ到着
c-マラッカ王国滅ぼす
d-モルッカ諸島到着

正解は、a-c-d-bですね

まずポルトガルは、大航海時代で徐々に日本に近づいてくるイメージを持ってください。次に地球儀を思い浮かべます

私は頭の中に地球儀があります。こういう問題があった時にポルトガルの行動をイメージするわけです

「ディウ沖は、インド西岸だったな~」「マラッカは、マレーシアの国だったな」「モルッカは、インドネシアの東だったよね」「マカオは、中国だ」このような情報をもとに、並べ替えを行います

したがって、少なくともディウ沖やマラッカ王国などは、どこだったか知っていないと戦えません

こういう物語で世界史を覚えると忘れにくいので、頑張ってくださいね

今回はポルトガル編でしたが、次回はスペイン編で大航海時代を話します

以上です

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