スイスは、神聖ローマ帝国内にあります。ここでも宗教改革は、起きます

指導者は、ツヴィングリです。彼は、チューリヒで活動を始めました。ルターとは考え方の違いから仲違いしています

彼もルターもそうですが、エラスムス「愚神礼賛」(1511)という本に強い影響を受けて、改革運動を始めています

■講義 part46 -ルネサンス(西欧諸国)-
http://world-history.blog.jp/archives/2754470.html

彼は宗教改革の戦いのなかで、1531年に亡くなっていますが、スイスに宗教改革の熱を注ぎ込みました。その熱の中に登場するのが、カルヴァンです

彼は、フランス出身ですが、フランスでの活動がうまくいかず悩んでいた頃、ジュネーヴから声が掛かり、そこを拠点に活動を始めます

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-カルヴァン-
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1536年に彼が出版した「キリスト教綱要」が評判で、ジュネーヴは彼を呼びました

彼の主な考えは、2つあります

1つは、福音主義といわれるものです。まぁ、聖書第一主義とかわりません。2つ目は、予定説です

何が予定されているかというと、人間の運命が、予定されているということです

この時代の商人は、お金稼ぎの卑しい存在と思われていましたが、カルヴァンは商人を肯定しています。職業神が決めているからです。そして一生懸命頑張った結果の蓄財を認めています

これはカトリックで罪悪感をもっていた商人には救いです

この考えによって、グイグイ信者を獲得していきます。カルヴァンのルターとの違いは、積極的政治に参加する姿勢です

彼は、ジュネーヴを自分の考えに基づいた町にしたくてしょうがありません。1540年代には、ジュネーヴはカルヴァンのものになります。彼の宗教感に基づいてやる政治を神権政治といいます

また運営方針は、従来のように司祭を置くものでなく、信者から責任者をだして行動する長老制度をとりました

彼の考えは、スイスを越えて各国に広まります。各国の名称は、以下の通りです

ピューリタン - イギリス
プレスビテリアン - スコットランド
ユグノー - フランス
ゴイセン - ネーデルラント


この組み合わせ、間違わず覚えてください。よく聞かれます

もちろん彼にも現在からみると、足りてない部分はありました。自分違う考え認められません

彼は意見の違う人を火刑にしたりしています。こういう事実を知ると、ルターもそうですが、改革はゆっくりしか進まないなと思います

次にイギリスの変化について話しましょう

イギリスはちょっと特殊で、王様のヘンリ8世(位1509~47)が、離婚したいがために、新しい宗教を作りますw彼は、テューダー朝の創始者、ヘンリ7世の息子です。ヘンリ7世は、part37でふれましたね

■講義 part37 -封建社会の崩壊と十字軍以後の主要国家-
http://world-history.blog.jp/archives/2423381.html

彼が作ったものが、イギリス国教会です。これは、現在イギリスで70%ほどが信仰しています

国教会を設立した法律は、首長法(1534)といいます

語呂です
以後、指図(1534)は受けない首長法

これ本当に教皇からの指図を受けたくないから作りました。次回から話しますが、主権国家というのが、この頃から誕生するわけですね

中世は、教皇が君臨していますから、国を越えて干渉されるわけです。国家のことは、国家自身で決めるのが主権国家です

ヘンリ8世の息子、エドワード6世も国教会のルール作りとして一般祈禱書を制定します

国教会を定着させる法律は、エリザベス1世が1559年にだした統一法のおかげです

首長法⇒一般祈禱書⇒統一法

三段構えで、法律が整備されるわけですね

対抗宗教改革についてもふれましょう。これはカトリック自身の反省からきています。カトリックの内部葬組織として設立されたのが、イエズス会です。設立者は、イグナティウス=ロヨラです

もう一人、協力者として有名な人がいます。フランシスコ=ザビエルです
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日本人には、有名な人ですね「以後よく来る宣教師」という有名な語呂があるとおり、1549年に彼は日本へ布教にきます。その後、中国布教の途中に病死しました

その中国布教のミッションを受け継いだのが、マテオ=リッチです。この人は、中国史でよく聞かれます

■講義 part26 -明-
http://world-history.blog.jp/archives/1813068.html

この宗教改革の結果、情熱はあらぬ方向にいきます。カトリックを旧教、プロテスタントを新教といいますが、2つの宗派とも魔女狩りが横行します

このシステム、単なる嫉妬妬みを晴らすものでしかありません。密告システムです
ちょっと気に食わない奴がいれば、「アイツは魔女です」といえば、処刑できます

宗教改革の行きついた所が、ココかよと思うとげんなりします16~17世紀は、一番魔女狩りが流行ります

これが発生するのも、見せしめ、生け贄を作ると、その恐怖から逃れるために、組織が強化されることを、教会は無意識的に知っていたのかもしれません

このような行動心理の研究が進むのは、20世紀まで待たねばなりませんでした

次回は、絶対王政の話になります

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