それでは、アメリカの独立を説明します

どこから独立かというと、イギリスからです。もとは同じ民族でしたが、宗教的にズレがあります。アメリカの主流は、ピューリタンです。このあたりは、すでに説明してますね。イギリス側は、国教会です

■講義 part56 -ヨーロッパ諸国の海外進出-
http://world-history.blog.jp/archives/4392809.html

当初のアメリカ人は、自分たちをイギリス人と思っています。しかし、イギリス本土の人は、一段下の人間に思っています

日本でも、沖縄の人が若干この感覚があって、ヤマトンチュとウチナンチュの区別があります

同じイギリス人でも植民地扱いをしていて、平等性ありませんでした。アメリカ人に不満が溜まるわけですね

この独立運動で主導的な役割を果たすのが、13植民地です。アメリカの東海岸に集中しています。だいたい丸で囲ったエリアです

-13植民地-
無題

13植民地で有名なのは、ピューリタンの作ったマサチューセッツ植民地クウェーカー教徒の作ったペンシルヴァニア植民地、13植民地の最南端部に位置するジョージアなどが有名です

あとは、ヴァージニア植民地ですね

ちなみにクウェーカー教徒という名前、ここでしか聞かれないキリスト教の一派なので、覚えといてください。けっこう聞かれます

当時のイギリスは、まだ重商主義を採用しています。この言葉は、何度もでて来ていますね。絶対に忘れないでくださいね

■講義 part58 -17~18世紀のヨーロッパ文化史②-
http://world-history.blog.jp/archives/4855189.html
※重商主義情報

重商主義の特徴としては、自国に利益を集中させることを目的とします。したがってアメリカは、単なる搾取の場でしかありません。どうやって搾取するか?

それは、税金です

ざっと税金を上げてみましょう

・羊毛品法(1699)
・帽子法(1732)
・砂糖法(1764)

印紙法(1765)

語呂です
いーな!!無効(1765)だ!!印紙法

印紙っていうのは、日本でも高額のものを買うと貼ってますが、アメリカでは、あらゆる出版物に印紙を貼ることを義務つけました

この印紙法あたりから、アメリカの人はだいぶキレてきてます。これに反対して、パトリック=ヘンリ「代表なくして課税なし」と言っています

これ、どういう事かというと、イギリスの議会は、アメリカに意見を聞くことなく、税金を決めているからでた発言です

アメリカは、イギリスの財布でしかないわけです

イギリス側にも理由がありました。当時、イギリスとフランスでは、過酷な植民地争奪戦が展開されていました。フレンチ=インディアン戦争(1755~63)では、イギリスもやり繰りに困っていました

そのため、税金を上げて、乗り切ろうしたわけですね

まだまだ、課税は続きます。茶・ガラス・紙・ペンキに課税するタウンゼント諸法(1767)が制定され、ついにアメリカの我慢の限界を越えたのが、1773年茶法の制定です

語呂です
言いなりなるな(1767)、タウンゼント諸法。非難、波(1773)打つボストン茶会事件

茶法は、茶の販売権を東インド会社一社に独占させた法律です。つまりアメリカは、販売権がなくなり、高い茶を買わせるわけです

これに激怒して起きたのが、ボストン茶会事件です。嫌がらせで、東インド会社の積み荷の茶を全部、海に捨てました

-ボストン茶会事件-
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当時のアメリカ人の気持ちは理解できますが、写真見てください。ネイティブアメリカンの格好を真似て、後の賠償問題から逃れようと、なかなかの姑息ぶりですw

イギリス>>>>アメリカ>>>>ネイティブアメリカン

上下の階層は、キッパリできていますね

ここまで、印紙法や茶法などにふれましたが、この法律を「年代順に並べ替えろ」というマニアックな問題あるので、砂糖・印紙・タウンゼント・茶法ぐらいは、暗記してください

年号を聞かれるのは、印紙法茶法ぐらいです

翌年の1774年には、大陸会議がフィラデルフィアで開催され、ワシントンが司令官に任命されます。皆さんも、名前ぐらいは知っていますね?後の初代アメリカ大統領です

-ワシントン-
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ここからは、語呂で駆け抜けます

茶会で怒って、大陸会議、独立の歴史に残る戦い宣言。サラっと勝って、フラ、スペ、オラは中立、よー食った!!やっぱり!!

・ボストン茶会事件(1773)
・大陸会議(1774)
・独立戦争開始・レキシントンの戦い(1775)
・独立宣言(1776)
・サラトガの戦い(1777)
・フランス参戦(1778)
・スペイン参戦(1779)
・オランダ参戦・武装中立同盟(1780)
・ヨークタウンの戦い(1781)
※ラタナコーシン朝建国(1782)
・パリ条約(1783)


私は受験生時代、これで覚えてました~~。イチイチ年号覚えるのが面倒だったので、独立戦争のキッカケから、独立を認めてもらうパリ条約までを、一年おきの関連する事件とともに暗記してました

どうしても1782年に関連する事件がなかったので、タイの王朝の建国年を、むりやり入れてますw

■講義 part28 -東南アジア-
http://world-history.blog.jp/archives/1870544.html
※ラタナコーシン朝情報

1776年の独立宣言では、まずトマス=ペイン「コモン=センス」を出版して、独立する理由を説明し、ジェファソンが独立宣言を起草して、宣言まで漕ぎ着けました

ジェファソンは、後に3代大統領になる人です

-ジェファソン-
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フランス・スペイン・オランダが、アメリカ側で参戦しているのは、当時NO1になりつつあったイギリスの足を引っ張るためです

イギリスが、アメリカを失うことは、だいぶ損害ですからね

1783年のパリ条約では、独立の他に、アメリカはミシシッピ川以東のルイジアナもゲットできてます

1781年発効のアメリカ連合規約でルールを作り、1787年には憲法制定会議が発足し、アメリカ合衆国憲法が制定されます

13植民地が、名実ともに独立していくことになります。★の数は州をあらわすので、13個からスタートです。2014年現在では、50個ですね

-アメリカ国旗-
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国家の成立にともなって政党もできます

連邦派 × 反連邦派

連邦派はハミルトン、反連邦派はジェファソンです。連邦派⇒共和党、反連邦派⇒民主党となり、現在のアメリカの2大政党制ができます

以上です。次回は、フランス革命にいきます

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