今日のテーマは、南北戦争(1861~65)ですが、その前のアメリカについても説明しましょう独立後のアメリカは、13植民地から領土がいかに拡大するかを聞かれます

■講義 part60 -アメリカ独立戦争-
http://world-history.blog.jp/archives/5359548.html
※13植民地情報

第3代ジェファソンは、1803年にミシシッピ川以西のルイジアナ(仏⇒米)を獲得します。小競り合いのアメリカ=イギリス(米英)戦争(1812~14)後は、第5代モンロー(在任1817~25)が、フロリダ(西⇒米)をゲットします

領土をどの国から獲得したかも、よく聞かれるので、注意してくださいね

2014-6-5_6-55-33

彼は、モンロー宣言(1823)でも有名でしたね。この宣言に基づくモンロー主義は、アメリカの性格を理解するうえで、とても重要な概念です

アメリカには二面性があって、モンロー主義のような孤立主義的なアメリカと、世界の中心たろうとする理想主義的なアメリカがいます

■講義 part64 -ラテンアメリカ諸国の独立とギリシア独立戦争-
http://world-history.blog.jp/archives/6006451.html
※モンロー情報

理想主義が強くでたアメリカは、第28代ウィルソン(在任1911~13)の時だったと思います。まだまだ、だいぶ先ですが、この人のことも説明する予定です

-ウィルソン-
2014-6-5_7-2-25

現在のアメリカは、モンロー主義的な要素が強くなってきたと、私は考えています

話を戻しますが、当時のアメリカがモンロー主義的だったのは、当然だと思います。独立したばかりで、他国に干渉している暇はないですからね

第7代ジャクソン(在任1829~37)は、白人男性普通選挙を整備したため、ジャクソニアン=デモクラシーを実現したなんて言われます。反面、先住民には厳しく、インディアンを僻地に送るインディアン強制移住法(1830)を成立させています。当時のアメリカは、白人以外を国民と認めていないわけですね

彼を答えさせるヒントは、けっこうわかりやすいです。「西部のアメリカ大統領は誰ですか?」⇒ジャクソンです。西部がまだ未開発で、そこから大統領がうまれたのは、凄いことだと思います。そのようなことから、彼が聞かれることがあります

第9代ポーク(在任1845~49)は、1845年にテキサスをゲットします。1846年には、オレゴンも併合します。オレゴンは、国境でカナダと揉めて、北緯49度をラインに設定しました

テキサスも、メキシコと国境を接しているため、イザコザが発生し、アメリカ=メキシコ戦争(1846~48)が発生します

2014-6-5_7-27-35

この戦争に勝利したため、アメリカは戦利品として、さらに領土を獲得します。それが、カリフォルニアニューメキシコです

さらに幸運なことに、カリフォルニアで金鉱が発見されます。ゴールドラッシュといわれる幸運です。結果、西部に向かうひとが増えます。この西部開拓は、マニフェスト=ディスティニー(明白な天命)といわれ、未開拓地であったフロンティアが開発されていきます

これで現在のアメリカにだいぶ近づいてきました。が、1つ問題がありました。南北の対立です。あまりにも特徴や、文化が違っていました

2014-6-5_16-54-18

この上画像、見てもらえばわかりますが、北部は工業中心です。まだアメリカは新興国なので、貿易競争に勝てません保護主義になるのは、理解できると思います。保護主義を実現するのは、国家の管理が不可欠です。なので、連邦主義のように強い権力を求めて、中央集権的になります

保護主義は、必須の言葉なので、必ず覚えてくださいね

■講義 part58 -17~18世紀のヨーロッパ文化史②-
http://world-history.blog.jp/archives/4855189.html
※保護主義情報

対して南部は、プランテーションという大農場経営です。特に綿花を栽培していました。タバコも有名です。単純作業で、とにかく人手が必要です。奴隷制賛成なのは、理解できますね。州権主義という名の地方分権を志向します

価値観がまったく逆で、歩み寄る要素がありませんこのような状況を解決するのは、戦争しかないわけです

戦争の原因ですが、当時のアメリカは州が、ドンドン増えている時代です。なので、新しい州を自由州or奴隷州にするかで、たえぶ揉めます

最初は、ミズーリ州で揉めて、ミズーリ協定(1820)が結ばれます。これで自由州と奴隷州の境を、北緯36度30分に設定します。このラインが、南北が揉めないための国境みたいになるわけですね

2014-6-5_17-7-44

地図を見てもらえばわかりますが、ミズーリより、カンザス・ネブラスカが上にありますね?普通にいけば、ここは自由州になります

ここで南部が仕掛けますカンザス・ネブラスカ法(1854)によって、自由州or奴隷州の選択を住民の判断にすることにしました

南部がこうしたのは、もちろん住民の大半が、奴隷制賛成なのを知っていたからです。南部の有利にことは進みます。北部の利権に手を入れたわけですね。そりゃ、揉めます

南北戦争の始まりです。南部は、アメリカから脱退し、アメリカ連合国を結成しています。大統領は、ジェファソン=デヴィスです

これに対抗するのは、かの有名な第16代大統領リンカン(在任1861~65)です。共和党出身です

-リンカン-
2014-6-5_17-43-29

戦争の指揮は、北部がグラント、南部がリーがとりました。グラントは、後に第18代大統領になっています

対立軸は、明確ですね

北部×南部
アメリカ合衆国×アメリカ連合国
リンカン×ジェファソン=デヴィス
グラント×リー


戦争は均衡しますが、リンカンが巧みな政策によって有利に導きます。まず南北戦争で、どっちつかずの西部を取り込みます。1862年ホームステッド法を成立させ、西部で5年間開拓すると、160エーカーの土地をタダであげるようにしました

さらには、1863年奴隷解放宣言で、南部を土台から揺さぶります。これは、ダメージでかいです

そして、リンカンは、ゲティスバーグで、戦争に参戦し、命を落とした人のために、あの有名な演説をします。それが「人民の、人民による、人民のための政治」です

この言葉が、アメリカの民主主義を決定づけたものだと思います。士気が高まらないはずがありません。国民でなく、人民と言ったのは、南部に対する配慮です。南部は、独立していますから、国民を使うと部外者になります

そのため、争いを止め、1つになろうという意味を込めて、人民と言っています。南北戦争は、南部の首都、リッチモンドを陥落させて、北部勝利に終わります

そして、リンカンは役目を終えると、すぐに暗殺されてしまいました

語呂です
人は(18)南北に向い(61)て、ノドをメキメキ絞めると、痛ッた~りあ

1861年は、覚える事件がけっこうあります

南北…南北戦争
ノド…アレクサンドル2世による農奴解放令
メキメキ…メキシコ出兵
痛ッた~りあ…イタリア王国成立

■講義 part72 -ロシアの改革と東方問題-
http://world-history.blog.jp/archives/7210555.html
※農奴解放令

■講義 part69 -フランスの第二帝政・第三共和政-
http://world-history.blog.jp/archives/6498346.html
※メキシコ出兵

■講義 part67 -イタリアの統一-
http://world-history.blog.jp/archives/6154501.html
※イタリア王国成立

1861年は、南北戦争と覚えた上で、リンカンに関わるものは、1年ごとにあります。自分は、このように連結して覚えてました。スイッチの理論ってやつです

南北戦争(1861)⇒ホームステッド法(1862)⇒奴隷解放宣言(1863)

■世界史の勉強方法 part1 -スイッチの理論-
http://world-history.blog.jp/archives/5907849.html

ここで奴隷は一応解放されますが、小作人としてコキ使われ、差別も普通に温存されます。小作人のことは、シェアクロッパーといわれます

まだまだ課題はあるものの、概ねアメリカは順調です大陸横断鉄道(1869)が開通します。あの広大なアメリカの西側と東側が連結されるわけですね

語呂です
威張るな(1867)アラスカ買収。超人ハルク(1869)が、大陸横断スエズ運河も開通

アラスカ買収は、ロシアのアレクサンドル2世からです。アメリカとは関係ありませんが、スエズ運河も開通しています。エジプトにある貿易の拠点ですね。これだけ発展するれば、労働者の権利拡大も求められます。労働組合の成立です

語呂です
金持ち嫌やろ(1886)??、アメリカ労働総同盟(AFL)結成

アメリカ労働総同盟(AFL)は、サムュエル=ゴンパーズが結成し、熟練労働者を母体とした組合です。かなり先ですが、1935年には未熟練労働者の組合、産業別組織会議(CIO)も結成されます

対照的な言葉は、正誤問題常套なので、間違わず覚えましょう

以上です。次回は19世紀の欧米文化史です

■スポンサードリンク