2013-12-15_2-38-32

前漢は武帝(位前141~前87)以後は、徐々に衰退していきます

1つの原因には、郷挙里選があったと思います

郷挙里選はどういったものでしたか?

有力者が推薦で、官吏になれるシステムでしたね

当時の実力者は、中国で豪族といわれます

ふと気づくと、前漢は豪族が幅をきかすようになっていたわけです


たとえば哀帝は、前7年に限田法を実施して、
豪族の大土地所有を制限しようとしましたが、猛反対にあい、潰されました


グラックス兄弟の改革失敗に似てますね
世の中の変革には、このような微妙な要素に敏感に気づくことが必要です


例えば、日本なら農業問題もこのような文脈で理解できます

日本で豪族にあたるのが農協ですね。この組織の考えが、地方では有力です
そして彼らが自分のいうことを聞く人間を政治家として送りだします


日本社会で政治を動かすためには、の力が重要なわけですね
それは時に医師会だったり、宗教結社だったりが利用するわけです


郷挙里選がある限り、人知れず怪物を育て、
気づいたころにはコントロール不能になっています


なので、郷挙里選は違うシステムに後に変更されていきます


豪族以外にも皇帝を困らせる勢力は存在します
宦官外戚です

宦官は、男の大事な部分をとられた人たちです
これは皇帝の奥さんとかに手を出さないことを誓って行われました


外戚は皇后や妃の親戚です
日本の藤原氏とかも、外戚関係で権力を握ってます



前漢は外戚である王莽に滅ぼされました
彼は(8~23)という国を作りました

しかし、彼の政治はまったくふるわなかったため、農民などから多くの不満をかいます

結果、赤眉の乱(18)が発生します


語呂いきます

王莽(18)だ、赤眉の乱


後漢
この農民反乱には、地方の豪族や漢一族も参加していました
その中で活躍したのが劉秀です

彼が後漢(25~220)を建国します
建国以後は光武帝(位25~57)といいます

都は、洛陽です


都の覚え方いきます

前後超楽です

これは、前漢が長安で、後漢が洛陽の意味です

けっこう混同するので、これでスッキリすると思います


中国史でを聞かれたら、最悪長安か、洛陽、どっちか書いておいてください
一番確立高いです


光武帝は、北では匈奴を攻撃し、東匈奴をさらに分裂させて、
北匈奴・南匈奴分裂させています


南ではベトナムの徴姉妹の乱(40)を鎮圧しました


東からは日本が、奴国王として後漢に来ています
これは中国を自分の親分と認めた朝貢の形をとっていました


後漢は、西方への交流も強めています
和帝班超を91年に西域都護に任じました


班超の部下の甘英は、条支(シリア)まで行き、ローマ帝国と交流を持っていました

ローマ帝国は、大秦といいます

大秦王安敦という人もベトナムの日南にまで使者を送っています

この安敦は、五賢帝のマルクス=アウレリウス=アントニヌス帝のことです


最終的に後漢は、宦官が幅を利かすようになり、衰退していきます
宦官は、自分たちを心よく思っていない、官僚や儒家を排斥しました


これを党錮の禁(166~169)といいます


中央政府がうまくいかなくなると、いつもダメージを受けるのは国民です
ということで、農民反乱が発生します


2つの農民グループが力を持ちました。五斗米道張陵太平道張角です


特に張角は、農民反乱を大規模化させました
これを黄巾の乱(184)といいます


語呂です
嫌よ(184)、黄巾の乱

黄巾の乱によって、後漢は滅びの道に行きます


続いて漢代の文化史です

有名所だけ、いきましょう

前漢で有名なのは、司馬遷董仲舒です

日本の司馬遼太郎は、ココから名前とってます

日本の歴史を知りたい人は、まず司馬遼太郎から入るのをオススメします

世界史で聞かれるのは、司馬遷です

彼の書いた歴史書は、「史記」です。漢文などでも使われますね

紀伝体で書かれています。紀伝体は、人ごとに話を書く方式です
「武帝はコレしました」とかいう形式です


董仲舒は、国家を儒教によってささえることを推挙しました
これ以後、中国の王朝は伝統的に儒教を重視します


次に後漢です


儒教が重視されてから、儒教の本をどう読むかが問題になります
本の解釈を推進する訓詁学が盛んになります

これを率いたのは鄭玄です


後漢の歴史家で有名なのは班固です
彼は西域都護の班超の兄です

彼の本は「漢書」といいます
これは編年体です。年ごとに歴史を書く方式ですね


で、この頃われわれにも身近な紙が普及します
蔡倫製紙技術を開発し、105年に和帝に献上しました


それまでは、木簡竹簡の形態で記録は残されていました

この製紙技術、最近キンドルがでるまで、本はずっと紙だったことを考えると、
凄い発見だったなと思います

今日は、以上です