世界史サロン

元教師・今社長がおくる世界史講義と、ニュースを世界史で読み解くブログ

カテゴリ: アメリカ

いよいよセンター試験ですね。受験前、最後の更新です皆さんのよい結果を祈っておりますそれでは始めます
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第一次世界大戦後、世界の秩序を保つために取られた体制2つあります。それが、ヴェルサイユ体制ワシントン体制です。まず簡単な各体制の目的です。

ヴェルサイユ体制:ヨーロッパ地域の戦後をどうするか
ワシントン体制:戦後のアジア・太平洋地域をどうするか


これら体制があるのは、戦争で領土の定義がぐちゃぐちゃなので、利害関係者でどのように世界をまわしていくかを話しあうことにあります

まず、1919年に「世界全員で守るフォーマットを決めましょう」ということをパリで話すことになります。これをパリ講和会議といいます。この会議の原則は、アメリカウィルソン(民主党)が提案します。これを十四ヵ条といいます

■十四ヵ条
 1.秘密外交の廃止
 2.海洋の自由
 3.関税障壁の撤廃
 4.民族自決
 ⇒各民族が自分の国をもつべきだという発想ですが、植民地は廃止されませんでした
 5.植民地問題の公正な解決
 6.国際平和機構の設立
 ⇒国と国のケンカをまとめる機関が今までなかったので、調停する
国際連盟が設立されました(本部:スイスジュネーヴ)


★国際連盟
 1.総会:全会一致の原則
 ※全部の国が一致するのが難しいので、運用が難しかったです
 2.常任理事国:イギリスフランスイタリア日本
 3.1926年にドイツ、1934年にソ連が加盟
 4.国際労働機関(ILO):労働者の保護を目的
 5.常設国際司法裁判所:オランダのハーグに設置。国家間の紛争を調停します


※提唱したのがアメリカなのに、この国際連盟にアメリカ参加していないことも覚えておいてください。ウィルソンの反対勢力である共和党が、参加を嫌がったため、このようになりました

-ウィルソン(民主党)-
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次に覚える必要があるのは、敗戦国の条約降伏内容です。各国の条約名や内容は、よく聞かれるので、受験生は頑張って覚えてください

a.ヴェルサイユ条約:ドイツとの講和条約(1919.06)
 1.
アルザス・ロレーヌ ⇒ フランス
 2.
ラインラント非武装
 3.徴兵禁止等の軍備制限
 4.1320億金マルクの賠償金(ドイツGNPの約20年分)

b.サン=ジェルマン条約:オーストリアとの講和条約(1919.09)
 1.チェコスロヴァキア、セルブ=クロアート=スロヴェーン王国
  (ユーゴスラヴィア)、ハンガリー、ポーランド独立
 2.
南チロル ⇒ イタリア

c.ヌイイ条約:ブルガリアとの講和条約(1919.11)

d.トリアノン条約:ハンガリーとの講和条約(1920.06)


e.セーヴル条約:オスマン帝国との講和条約(1920.06)
⇒この敗戦に激怒した国民がオスマン帝国を倒し、ムスタファ=ケマルが新政府を作り、ギリシアの干渉にも耐えて、1923年に再度ローザンヌ条約が結ばれるのも覚えておいてください。

「これらの条約を年代順に並べろ」みたいな問題もあるので、必ずヴェルサイユ条約⇒サン=ジェルマン条約⇒ヌイイ条約⇒トリアノン条約⇒セーヴル条約の順で覚えましょう

オスマン帝国の勢力圏は弱まった結果、フランスシリアイギリスイラク・トランスヨルダン・パレスチナ委任統治下におきます

これら条約でうまれたものが、ヴェルサイユ体制です。ヴェルサイユ条約の語呂合わせは、行く行く(1919)ホテル、ヴェルサイユです

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1921~22年に、アメリカのハーディング(共和党)ワシントン会議を提唱します。主な会議は以下です

四ヶ国条約(1921):アメリカ・イギリス・フランス・日本で調印。太平洋の現状維持を確認
日英同盟が解消されます
ワシントン海軍軍備制限条約(1922):米英日仏伊で、主力艦の総トン数の比率を5:5:3:1.67:1.67にした
九ヶ国条約(1922):中国の主権尊重・領土保全を確認しました

この当時のアメリカの目的2つです。中国での領土拡張に遅れをとっていたので、そこに入れるように調整すること。その際に障害になる日本勢力低下させることです。そこを理解すれば、上記の条約は、日本の力を削ぐことに成功したといえます

ヴェルサイユ体制ワシントン体制で戦後の運営が始まりますが、最初は1920年ポーランド=ソヴィエト戦争1924年イタリアムッソリーニによるフィウメ併合等ありますが、全体としてが、平和を保てます

1925年ロカルノ条約により、ドイツの国際社会への復帰が認められ、1926年国連加盟します。フランス外相ブリアンアメリカ国務長官ケロッグの尽力で、1928年「戦争やめようね」という不戦条約(ブリアン・ケロッグ条約)も結ばれます

1930年ロンドン会議では、アメリカ・日本・イギリスの補助艦比率を10:10:7にします。これは1927年ジュネーブ軍縮会議で、うまくいかなかったものを何とかしたものです

ワシントン海軍軍備制限条約は、主力艦の話をしていて紛らわしく、テストの正誤問題で逆にして聞くパターンありです。注意してください
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アメリカの帝国主義時代の行動も語りましょう

この国は、他と違ってちょっと特殊です。何が違うかというと、あえて植民地を取りにいかなくても、アメリカ大陸に未開拓の土地がいっぱいあり、そこを開拓すれば良かったからです

その場所をフロンティアといいます。忘れた方は、復習しましょう

■講義 part73 -南北戦争(アメリカ)-
http://world-history.blog.jp/archives/7443038.html

フロンティアが消滅するのが、1890年になります。ここから遅ればせながら、植民地競争にアメリカも本格的に乗り出します

この当時のアメリカの金持ちを紹介します。もちろん今でも影響力大です。何で儲けてるかで、3つを区別してください

ロックフェラー石油で儲ける。スタンダード石油会社が有名
カーネギー鉄鋼で儲ける
モルガン金融で儲ける

で、彼らばかりが独占的に儲けるのを防ぐため、1890年シャーマン反トラスト法が制定されましたが、彼らの力に歯止めはかかってません

このあたりの時代で有名な大統領は、第25代の共和党マッキンリー(在任1897~1901)、第26代の共和党セオドア=ローズヴェルト(在任1901~09)、マッキンリー・セオドア=ローズヴェルト両名の国務長官はジョン=ヘイ(在任1898~1905)です

ジョン=ヘイは、門戸開放宣言(1899~1900)で中国を追い込んだことで有名です

-セオドア=ローズヴェルト-
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国務長官は、外交のトップ、国防長官は、軍事のトップです。受験ではせいぜい国務長官までしか聞かれませんが、国防長官まで抑えると、アメリカ関連のニュースをうまく理解できます

つい最近までは、ヒラリー・クリントン(在任2009~2013)が国務長官でしたね。この人は、次期アメリカ大統領になると、私は見てます

-ヒラリー・クリントン-
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フロンティア消滅とともに、展開されたのがカリブ海政策です。この政策は、地理的に近いカリブ海を植民地することを意味します

結果カリブ海は、だいたいスペインの権益ですから、アメリカはスペインと対峙することになります。アメリカがまず手をつけたのが、ホセ=マルティキューバ独立運動です。アメリカは、これを支援します

さらにアメリカは、キューバ独立運動米艦メーン号爆沈事件をキッカケに、米西戦争(1898)を開始します

1898年12月には、パリ条約キューバ独立、フィリピン・プエルトリコ・グァムがアメリカのもになります

1901年には、プラット条項でキューバの保護国化にも成功します

だいたいの他国を屈服させる流れは、独立⇒保護国⇒併合と覚えてください。まず独立させ、他国に干渉させない状態を作り、徐々に影響範囲を強め、最終的に併合する流れです

-キューバ・プエルトリコ-
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-フィリピン・グァム-
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ありがちな正誤問題では、グァムとハワイを取り換えて聞いてきます。必ず全部覚えてくださいハワイは、スペインとのイザコザとは別ルートで、カメハメハ朝(1795~1893)を倒す形で、1898年に併合されています

これらの流れの中で、パナマ・ニカラグア・ハイチなど、続々とアメリカの勢力化に入ります

この流れでメキシコも独裁者ディアス(在任1877~80、84~1911)を支援する形で試みましたが、自由主義者のマデロ(在任1911~13)にクーデタを起こされます

ウェルタ(在任1913~14)政権ができ、農民を応援したいサパタやアメリカの継続的干渉の結果、アメリカ寄りのカランサ政権(在任1917~20)ができます

ここまで来てわかると思いますが、メキシコの葛藤は、絶えずアメリカとの距離感にあります。アメリカに干渉されながらも、独立を保とうと努力するのが、メキシコの歴史です

自由主義者フアレス(在任1858~72)⇒メキシコ出兵退ける⇒独裁者ディアス(在任1877~80、84~1911)⇒自由主義者マデロ(在任1911~13)⇒ウェルタ(在任1913~14)⇒カランサ政権(在任1917~20)

この流れがあるので、現在のカリブの国々は、アメリカに苦い思いがあります。特にセオドア=ローズヴェルトのカリブ海政策は棍棒外交と呼ばれます。「言うこと聞かないと、攻め込むぞ!!」ということです

ここだけ見ると、セオドア=ローズヴェルトは超コワイ奴ですが、日露戦争では調停役をしてくれています。彼は共和党であることに注目してください

革新主義の名のもとに、財閥を反トラスト法で牽制してもいます。彼の時代に未熟練労働者世界産業労働者同盟(IWW)が結成されています

■講義 part73 -南北戦争(アメリカ)-
http://world-history.blog.jp/archives/7443038.html
※熟練労働者の組合は、アメリカ労働総同盟

日本的には、共和党と仲が良く民主党と仲が悪いですちなみに現在のオバマ(在任2009~)は民主党であり、あんまりうまく行っていません

これは理由があって、共和党は戦争を起こしたりと、に力が向くのに対して、民主党は国に目を向ける傾向にあります。日本の車などアメリカに強く浸透していますから、利害がぶつかり、よく揉めます

また、この政党の特徴を見れば、なぜ今アメリカが世界中から軍を退いているかも理解できます

セオドア=ローズヴェルトの次の大統領タフト(在任1909~13)は、お金で他国を服従させるドル外交をしたことだけ覚えてください

今回の講義ででたアメリカ大統領

第25代マッキンリー(共)…米西戦争・ハワイ併合
第26代セオドア=ローズヴェルト(共)…棍棒外交・革新主義・パナマ運河の着工
第27代タフト(共)…ドル外交、陸軍長官時代に桂・タフト協定

※桂・タフト協定は、韓国は日本のもの、フィリピンはアメリカのものと認めた協定

次回は、アフリカいきます

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最近、文化史ばかりですが…今日が最後です

■探検
この時期、いろいろな所に探検家が向かいます。たとえばオランダのタスマンは、タスマニア島・ニュージーランド・フィジーを見つけてます

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イギリスのクックは、ベーリング海峡からニュージーランドを探検し、ハワイを見つけましたが、そこで先住民に殺されてます

スゥーデンヘディンは、中央アジアを探検し、楼蘭遺跡を見つけてます。スゥーデン人は凄いヒントですめったに聞かれない国籍なので、注意してください

-1世紀の中央アジア-
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中央アジア史なんか、まず受験生は勉強しないのですが、そこを有名大学は知っています。なので、早稲田慶應などは、このあたりかなり聞いてきます

次にイギリスのリヴィングストン行きます。彼はアフリカで、ヴィクトリア瀑布を見つけてます。瀑布は、のことです。地図を見てください。現在では滝の側にリヴィングストンという町があります

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彼はナイル川を探索中にいったん行方不明になります。それを発見したのが、アメリカ人のスタンリーです。彼はコンゴを探索したりもしてます

次に北極・南極系です。初めて北極点に行ったのは、アメリカのピアリです。初めて南極点に行ったのは、ノルウェーのアムンゼンです。一か月遅れで2位で、南極点に行ったのがイギリスのスコットです

■国際的諸運動
この当時の運動で、一番デカイのは社会主義運動です。世界各地の社会主義を集める組織をインターナショナルといいます。これ3つの段階があります

最初が、第1インターナショナル(1864~76)で、ロンドンで結成されます。まぁ、産業革命で生まれた弊害をいろいろ努力して、改善していたので、ロンドンで始まるのは理解できます。ここにマルクスも参加しており、このマルクス派の中の派閥で、プルードン派バクーニン派が対立して、この組織は解散します。ちなみにバクーニンは、無政府主義者です。政府なんていらねー派です

■講義 part66 -19世紀の自由主義・社会主義-
http://world-history.blog.jp/archives/6117577.html
※19世紀の社会主義情報

第2インターナショナル(1889~1914)は、パリで結成されます。ドイツ社会民主党が主導になります。1914年というのは、第一次世界大戦の年ですが、ここで解散するのは、国を越えた集まった彼らが、国同士でケンカになったからです。けっこうな皮肉です

第3インターナショナル(1919~1943)は、モスクワで結成されます。これは別名、コミンテルンといいます。ロシアが軸で、後にソ連になって、各国を吸収していきます。今度は第ニ次世界大戦を理由に解散します

あとは、看護婦の基盤を作ったナイティンゲール(1820~1910)を覚えましょう。彼女の聞かれるパターンは、決まってます。「クリミア戦争で活躍した看護婦は?」⇒ナイティンゲールです

■講義 part72 -ロシアの改革と東方問題-
http://world-history.blog.jp/archives/7210555.html
※クリミア戦争情報

彼女の取り組みは、伝記とかで読んだ人もいると思いますが、戦争中のケガ人への処置をどうするかという思いを世界に持たせました

結果、結成されたのが国際赤十字です。設立者は、スイスのデュナンです。敵味方関係なく救護する姿勢は、本当に素晴らしいと思います

国際オリンピックを設立した人は、フランスのクーベルタンです。このあたりで文化史は、終了です

次回は、衰退期のオスマン帝国いきます

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さてTOEIC受験も終わったので、ブログ更新に集中します

■社会科学
まずは古典派経済学からいきます。これは資本主義の基本を作った人々の派閥です。だから、古典派です。アダム=スミス、マルサス、リカードなどが、この派閥です

アダム=スミス(1723~90)は、すでに触れてますね

■講義 part58 -17~18世紀のヨーロッパ文化史②(経済・建築・美術・音楽・文学)-
http://world-history.blog.jp/archives/4855189.html
※アダム=スミス情報

マルサスは、「人口論」で有名です。ここで、食糧は少しづつ増えるけど、子どもはドンドン増えて、歯止めが効かなくなり、戦争が起きますという主張をしています

まぁ、今の日本を見ればわかると思いますが、人口を減らす国は先進国に多いです。なので100%では信じられないですが、世界全体で見ると人口は増えているわけですから、マルサスの警告は、聞くに値すると思います

次にリカードです。「経済学および課税の原理」で、貿易って良いよねって言っています。これは、今でも通用する理論ですよね。貿易を否定する人はいないと思います。各国には、売れ筋の貿易商品があるから、それを売買すれば、お互い儲かるよねという理屈です。これ比較優位といいます

貿易には大きく分けて下の2つの派閥があります

自由貿易×保護貿易

今まであげた人は自由貿易側にたちますが、次にあげるリストは、保護貿易側です。彼はドイツの人です。このドイツということがポイントです

彼の主張は、ドイツのような後進国は、単純に貿易勝負したらイギリス・フランスなんかに勝てませんそのために関税をかけるなどして、自国の産業を保護しようというものです

今でも自由貿易は、世界中で求められていますが、基本どこの国も弱い産業には関税をかけています。なので現状は自由と保護のハイブリットともいえます

リストは、歴史から学び、この理論を導きだしたので、歴史学派経済学といわれます

次に歴史学の有名人です。「世界史」を書いたランケを覚えましょう。彼の歴史の書き方は、史料などをもとに脚色なく行う傾向があったため、最近の歴史学に近いです

なので、近代歴史学の確立者といわれます

■科学技術
ファラデーは、電磁気学で有名です。理科とかで勉強したと思います。金属に磁石を近づけると、金属にもN極やS極ができる電磁誘導を見つけたことで有名です

マイヤーヘルムホルツといえば、エネルギー保存の法則です。これも理科ですね。エネルギーは、別のエネルギーになっても量が変わらないってやつです。位置エネルギーとか、運動エネルギー
とか習ったと思います

次にあげる人は、X線を発見した人です。レントゲンといいます。病院とかで内部を写す時に使ってますね、X線を。レントゲンは、X線を使って、骨とか内臓を見てます

キュリー夫妻もいきましょう。彼らは、ラジウムを発見しています。温泉とかに含有されてますね。あとマイナーですが、ポロニウムも発見しています。これポーランド出身だから、ポロニウムです。前回も言いましたが、ポーランド人で聞かれるBIG3です

■講義 part55 -啓蒙専制君主(ロシア)とポーランド分割-
http://world-history.blog.jp/archives/4283924.html
※コシューシコ情報

■講義 part75 -19世紀の欧米文化史②(音楽・哲学)-
http://world-history.blog.jp/archives/7814348.html
※ショパン情報

ダーウィンもいきましょう。この人が欧米に与えた影響は、計り知れません。彼は猿から人間が進化したと考える進化論を唱えます

衰えたとはいえ、当時キリスト教の力は絶大です。神から人間は作られたと考えられていた時代、猿からの進化は衝撃的なわけです

アメリカでは、今でも受け入れられず半分ほどが進化論を教えないそうです

彼の著書は、「種の起源」です

-ダーウィン-
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エンドウ豆から遺伝の法則を発見したのが、メンデルです。生物の授業で勉強したと思います。

狂犬病の予防接種を発見したのは、パストゥールです。今でも年間10万人ほどが狂犬病で亡くなっています。特にインドはヒドイです

お金に余裕があれば、インド旅行の際は、接種をオススメします。一回一万円ぐらいしますが

コッホは、結核菌コレラ菌を発見しています。世界史界では、ゴッホとコッホが非常に似てるので注意です

ダイナマイトを作った人は、ノーベルです。名前を聞いたことあると思います。ダイナマイトで儲けたお金で作ったのがノーベル賞になります

1837年に電信機を作ったのは、モールスです。モールス信号を考案しています。ツゥーツゥーいってます。この音の間隔で言葉を表現しました。一番最初に敷設されたのが、ワシントン~ボルティモア間です。こういう、「どこに設置しましたか?」的なことは、聞かれます

海底電信ケーブルは、英仏間でドーヴァー海峡に1851年にできてます

■モールス信号
https://www.youtube.com/watch?v=PYinnL_t8js

-ドーヴァー海峡-
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1876年に電話を発明したのは、ベルです。このあたり発明者と作ったもののセットだけで解答できます

無線電信は、マルコーニです。1895年に無線を発見し、1901年に大西洋を越えた交信に成功しています

凄いマニアックな聞き方だと「19世紀に起きたこととして含まれないものを選びなさい」という問題がでます

a.電信機をモールスが発見した
b.ベルは電話を作成した
c.マルコーニは、無線電信の大西洋を挟んだ交信に成功した

一見すると、cは19世紀に含まれそうですが、交信に成功は20世紀です。発見は19世紀です。つまりcが、正解です

あとは発明王エディソンを覚えましょう。作ったものは以下になります
・蓄音機(1876)
・電灯(1878)※特に白熱電球
・映画(1893)


-エディソン-
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最後にエンジンの話です。ディーゼルは、ディーゼル機関を発明します。そのままですね。ピストン運動を利用して、車輪を動かします

ダイムラーは、ガソリン機関を発明し、車を作ります。車の会社名として、聞いたことがあると思います。後にベンツと合併します

あと、もうちょっと文化史続きます。今日は以上です

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今日のテーマは、南北戦争(1861~65)ですが、その前のアメリカについても説明しましょう独立後のアメリカは、13植民地から領土がいかに拡大するかを聞かれます

■講義 part60 -アメリカ独立戦争-
http://world-history.blog.jp/archives/5359548.html
※13植民地情報

第3代ジェファソンは、1803年にミシシッピ川以西のルイジアナ(仏⇒米)を獲得します。小競り合いのアメリカ=イギリス(米英)戦争(1812~14)後は、第5代モンロー(在任1817~25)が、フロリダ(西⇒米)をゲットします

領土をどの国から獲得したかも、よく聞かれるので、注意してくださいね

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彼は、モンロー宣言(1823)でも有名でしたね。この宣言に基づくモンロー主義は、アメリカの性格を理解するうえで、とても重要な概念です

アメリカには二面性があって、モンロー主義のような孤立主義的なアメリカと、世界の中心たろうとする理想主義的なアメリカがいます

■講義 part64 -ラテンアメリカ諸国の独立とギリシア独立戦争-
http://world-history.blog.jp/archives/6006451.html
※モンロー情報

理想主義が強くでたアメリカは、第28代ウィルソン(在任1911~13)の時だったと思います。まだまだ、だいぶ先ですが、この人のことも説明する予定です

-ウィルソン-
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現在のアメリカは、モンロー主義的な要素が強くなってきたと、私は考えています

話を戻しますが、当時のアメリカがモンロー主義的だったのは、当然だと思います。独立したばかりで、他国に干渉している暇はないですからね

第7代ジャクソン(在任1829~37)は、白人男性普通選挙を整備したため、ジャクソニアン=デモクラシーを実現したなんて言われます。反面、先住民には厳しく、インディアンを僻地に送るインディアン強制移住法(1830)を成立させています。当時のアメリカは、白人以外を国民と認めていないわけですね

彼を答えさせるヒントは、けっこうわかりやすいです。「西部のアメリカ大統領は誰ですか?」⇒ジャクソンです。西部がまだ未開発で、そこから大統領がうまれたのは、凄いことだと思います。そのようなことから、彼が聞かれることがあります

第9代ポーク(在任1845~49)は、1845年にテキサスをゲットします。1846年には、オレゴンも併合します。オレゴンは、国境でカナダと揉めて、北緯49度をラインに設定しました

テキサスも、メキシコと国境を接しているため、イザコザが発生し、アメリカ=メキシコ戦争(1846~48)が発生します

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この戦争に勝利したため、アメリカは戦利品として、さらに領土を獲得します。それが、カリフォルニアニューメキシコです

さらに幸運なことに、カリフォルニアで金鉱が発見されます。ゴールドラッシュといわれる幸運です。結果、西部に向かうひとが増えます。この西部開拓は、マニフェスト=ディスティニー(明白な天命)といわれ、未開拓地であったフロンティアが開発されていきます

これで現在のアメリカにだいぶ近づいてきました。が、1つ問題がありました。南北の対立です。あまりにも特徴や、文化が違っていました

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この上画像、見てもらえばわかりますが、北部は工業中心です。まだアメリカは新興国なので、貿易競争に勝てません保護主義になるのは、理解できると思います。保護主義を実現するのは、国家の管理が不可欠です。なので、連邦主義のように強い権力を求めて、中央集権的になります

保護主義は、必須の言葉なので、必ず覚えてくださいね

■講義 part58 -17~18世紀のヨーロッパ文化史②-
http://world-history.blog.jp/archives/4855189.html
※保護主義情報

対して南部は、プランテーションという大農場経営です。特に綿花を栽培していました。タバコも有名です。単純作業で、とにかく人手が必要です。奴隷制賛成なのは、理解できますね。州権主義という名の地方分権を志向します

価値観がまったく逆で、歩み寄る要素がありませんこのような状況を解決するのは、戦争しかないわけです

戦争の原因ですが、当時のアメリカは州が、ドンドン増えている時代です。なので、新しい州を自由州or奴隷州にするかで、たえぶ揉めます

最初は、ミズーリ州で揉めて、ミズーリ協定(1820)が結ばれます。これで自由州と奴隷州の境を、北緯36度30分に設定します。このラインが、南北が揉めないための国境みたいになるわけですね

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地図を見てもらえばわかりますが、ミズーリより、カンザス・ネブラスカが上にありますね?普通にいけば、ここは自由州になります

ここで南部が仕掛けますカンザス・ネブラスカ法(1854)によって、自由州or奴隷州の選択を住民の判断にすることにしました

南部がこうしたのは、もちろん住民の大半が、奴隷制賛成なのを知っていたからです。南部の有利にことは進みます。北部の利権に手を入れたわけですね。そりゃ、揉めます

南北戦争の始まりです。南部は、アメリカから脱退し、アメリカ連合国を結成しています。大統領は、ジェファソン=デヴィスです

これに対抗するのは、かの有名な第16代大統領リンカン(在任1861~65)です。共和党出身です

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戦争の指揮は、北部がグラント、南部がリーがとりました。グラントは、後に第18代大統領になっています

対立軸は、明確ですね

北部×南部
アメリカ合衆国×アメリカ連合国
リンカン×ジェファソン=デヴィス
グラント×リー


戦争は均衡しますが、リンカンが巧みな政策によって有利に導きます。まず南北戦争で、どっちつかずの西部を取り込みます。1862年ホームステッド法を成立させ、西部で5年間開拓すると、160エーカーの土地をタダであげるようにしました

さらには、1863年奴隷解放宣言で、南部を土台から揺さぶります。これは、ダメージでかいです

そして、リンカンは、ゲティスバーグで、戦争に参戦し、命を落とした人のために、あの有名な演説をします。それが「人民の、人民による、人民のための政治」です

この言葉が、アメリカの民主主義を決定づけたものだと思います。士気が高まらないはずがありません。国民でなく、人民と言ったのは、南部に対する配慮です。南部は、独立していますから、国民を使うと部外者になります

そのため、争いを止め、1つになろうという意味を込めて、人民と言っています。南北戦争は、南部の首都、リッチモンドを陥落させて、北部勝利に終わります

そして、リンカンは役目を終えると、すぐに暗殺されてしまいました

語呂です
人は(18)南北に向い(61)て、ノドをメキメキ絞めると、痛ッた~りあ

1861年は、覚える事件がけっこうあります

南北…南北戦争
ノド…アレクサンドル2世による農奴解放令
メキメキ…メキシコ出兵
痛ッた~りあ…イタリア王国成立

■講義 part72 -ロシアの改革と東方問題-
http://world-history.blog.jp/archives/7210555.html
※農奴解放令

■講義 part69 -フランスの第二帝政・第三共和政-
http://world-history.blog.jp/archives/6498346.html
※メキシコ出兵

■講義 part67 -イタリアの統一-
http://world-history.blog.jp/archives/6154501.html
※イタリア王国成立

1861年は、南北戦争と覚えた上で、リンカンに関わるものは、1年ごとにあります。自分は、このように連結して覚えてました。スイッチの理論ってやつです

南北戦争(1861)⇒ホームステッド法(1862)⇒奴隷解放宣言(1863)

■世界史の勉強方法 part1 -スイッチの理論-
http://world-history.blog.jp/archives/5907849.html

ここで奴隷は一応解放されますが、小作人としてコキ使われ、差別も普通に温存されます。小作人のことは、シェアクロッパーといわれます

まだまだ課題はあるものの、概ねアメリカは順調です大陸横断鉄道(1869)が開通します。あの広大なアメリカの西側と東側が連結されるわけですね

語呂です
威張るな(1867)アラスカ買収。超人ハルク(1869)が、大陸横断スエズ運河も開通

アラスカ買収は、ロシアのアレクサンドル2世からです。アメリカとは関係ありませんが、スエズ運河も開通しています。エジプトにある貿易の拠点ですね。これだけ発展するれば、労働者の権利拡大も求められます。労働組合の成立です

語呂です
金持ち嫌やろ(1886)??、アメリカ労働総同盟(AFL)結成

アメリカ労働総同盟(AFL)は、サムュエル=ゴンパーズが結成し、熟練労働者を母体とした組合です。かなり先ですが、1935年には未熟練労働者の組合、産業別組織会議(CIO)も結成されます

対照的な言葉は、正誤問題常套なので、間違わず覚えましょう

以上です。次回は19世紀の欧米文化史です

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